議論ができない日本の会社

議論ができない日本の会社

できなくてもいいとは思いますが、日本の会社は議論というのを極力避ける傾向にあります。

自分の意見を主張し、議論を戦わせ最善策を見つけるといったいったアプローチがとられている会社がどれくらいあるのか。

自らの頭で考え、実行に移していく

これからの時代には必要な能力なのかなと感じております。

というのも自動化技術が進み、単純な作業というものに既に付加価値がなくなっているように思えてならない。

もしくは従来、労働と呼んでいた仕事そのものの価値について問われているようにさえ思います。

新しい働き方を実践する人たち

今までの常識に囚われず、新しい働き方を実践する人たちも現れてきています。

それが本当に良いことなのかはわかりませんが、それは働く人その人が価値を置くか、または社会から評価されるかによるところでもあります。

少なくとも日本に蔓延している「忖度」文化がより良い社会を作っていくとは到底思えないのです。

議論をしようとすると怒りだす

日本の社会において、議論をしようと思っても大抵弾き出されます。

事実認識を伝えるだけでも怒り出す人もいます。

これは議論までのアプローチが良くないというのもあると思いますが、議論を避けていてはいつまでたっても現状維持を破っていくことはできません。

意見が違うだけで人間性を否定するものではない

議論に入る前に意見が違ったとしても人間性を否定するものでは無いと思います。

まずこの前提に立って議論をしていかないと、反対意見をいうと、都合の悪い奴→ダメなやつ

みたいな変換がおこってしまいます。

基本的に論破して相手の意見をねじ曲げることが議論の目的ではなく、目的のためにより良い方法を見つけるための手段と考えて議論をすることができれば有意義なものとなるのではないでしょうか。

本当はみんな変わって欲しいと思っている

自らの意見を主張し、議論することがなかなか難しい社会ですが、心の底では変わって欲しいと思っている人がいるのも確かです。

飲み屋に行くと会社や上司の愚痴が溢れ、現状から変わっていきたいそんな気持ちが見え隠れしています。

変わって欲しい、変わりたいという気持ちがあればそれを主張し議論できる環境作りこそが今後の日本経済の発展には必要なのかもしれませんね。